自分はよく感情を見せない人と言われたりします。ポーカーフェイスとか言われたりします。
いわれてみればそうかもしれません。何らかのイベントやセミナーで集合写真を撮っても、1人だけ笑っていないような感じで写ることが多いし、滅多に泣かないし。
感動的な講演やプレゼンを聞いても、周りは涙を流しているのに、自分は泣かないなんてことはざらにあります。
結構こういうポーカーフェイスな人は多いんじゃないでしょうか?そう思って、普段感情を見せない人である自分がどうなのか、思うところを書きたいと思います。
■感情の起伏はあるよ
いくらポーカーフェイスでも、感動的な講演を聞いたり、映画を見ていて全然感動しないことなんて、まずありません。ドラえもんの映画なんかは自分でも結構涙することがあります。
ただ、人よりはあまり泣いたり笑ったりしないほうかもしれません。無表情なことも多いですね。
でも、だからといって感情の起伏がないわけではありません。おそらく感情の起伏は人並みか、それ以上ではないかと思います。楽しい時は楽しそうな顔するし、嫌な時は嫌な顔します。
鈍感か敏感か聞かれれば、たぶん敏感な方です。しかし、表情に現れにくい方かもしれません。感情に合わせた表情を元々作らない方です。
むしろ、表に出さない分、内面に持っている感情は大きいかもしれません。結構自分は好き嫌いも激しいし、怒るときは怒鳴るし。
好き嫌いが激しいので、嫌なことは露骨に嫌な顔してしまったりします。
■笑顔を作るのが苦手
なんでそうなってしまったかはわかりません。でも、気が付いたらそんな感じになっていました。Facebookで一緒に写真撮ってタグ付けされたりすると、「あれ?おれだけ笑っていない」ということがあります。
笑顔を作るのが苦手なんです。特に構えられると、特に笑顔を作ろうとかしないんですよね。でも、実際に写真見ると逆に不自然です。前に撮った集合写真なんか、あまりに無表情で自分で苦笑してしまいましたから。
結構振り返ると、このような写真が多いので、ちゃんと笑顔を作れるようにしようかな、と思っています。
まあ、日常生活では、「笑顔が増えたね」とか言われるようになったのは良かったです。本当に暗かった数年前、本当に心から笑ったことがなかったので。
ただ、愛想笑いはしないようにしたいと思います。愛想笑いは自分の中のエネルギーが奪われるような気がするので。
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■感情が表に出ないからって焦ることはない
自分のようなポーカーフェイスな人って、このように思ったことはないですか?
周りは感情が溢れ出しているのに、自分は感情が出てこない。表情に出てこない。感動していないわけではないけど、涙は出てこないし表情に出てこない。これって大丈夫なの?
結構、自分がそのように思ってしまうタイプでした。特にいまはドリプラ支援会とかやっています。あのプレゼン、プレゼンターが感情溢れて泣いたり、支援者も一緒に泣いたりするのですが、自分の場合はあまりそういうのがないんです。
みんなが号泣していても、自分だけ涙1つ出ていない。共感しているのに表情に現れない。逆にコンプレックスになっていました。
本当は泣きたいときは泣きたいです。その方がすっきりするでしょうから。でも、だからといって焦る必要もないと、最近思っています。
本当に感情が出てこないなら問題ですが、ちゃんと内面には感情が出てきているので。嬉しい時は嬉しいし、楽しい時は楽しい。表情が出ないなら、コミュニケーションで示せば、自然と笑顔も出てくるし、感動も伝えられるのかな、と思っています。
でも、たまには思いっきり泣いてみたいですね。号泣と言える号泣は2年くらいないかな……
※感情が出てこないのがまずいのは、感情は快適・不快を示すセンサーだからです。感情を押し殺すということは、センサーの精度が低いということです。
つまり、快・不快といった、理想と現実のギャップに気付かないのです。異常値を知らせず、警報も出さないプラント設備のようなものです。つまり、感情が出てこなければ、あとは心が破壊されるだけです。