今回は村山由佳さんの、おそらく出世作となった「天使の卵」の書評です。
この小説が発表されたのは1993年、文庫化は1996年、映画化は2006年、そして自分が読んだのは大学1年か2年のときで、だいぶ昔です。
だいぶ昔なのですが、印象に残っている小説の1つで、まだ手元に持っています。写真のようにカバーは外れ、結構ボロボロですが。
そういえば、こういう古典的名作の感想をブログであまり書いていませんでした。昔読んだ印象に残った本の書評なんかも、今後書いていきたいですね。
■凡庸な作品なのに、なぜか印象的
ストーリーは決して目新しいものではありません。文庫本のあとがきにも書かれているように、ごく普通の恋愛小説。
芸大を目指す浪人生と、8歳年上の精神科医の女性との純愛。結末も驚くようなものではありません。そして、文庫本で200ページ程度と、そんなに分量も多くない。
でも、大学時代に読んで、印象に残っていて、しかも今でも読み返している。なんだか忘れられない。
感性がみずみずしい、なんて言ったら、本のあとがきと同じことを言ってしまう。でも、たしかにみずみずしい。たしかに文章がとても柔軟で、かつ凛としている。
このように有名作家の文章力に魅せられたのはたしかです。自分もこのような文章を書けたら良いな、と思いましたから。
■「シンプルな食事だけどまた食べたい」の感覚
至ってシンプル。一見どこにもありそうだけど、食べてみたらとても美味しい。そして、また食べたいと思って次の日も食べてしまう。
そんな経験はないでしょうか。最近青森市内で食べた「らーめんはちもり」のラーメンがそんな感じでした。シンプルイズベスト。どう見てもどこにでもありそうなラーメンなんですが、くせになる。
この小説は、こういう、「また食べたい」と思わせるシンプルな料理を食べたときの感覚に近いかもしれません。
極上のご飯と味噌汁を食べたときの感覚というと、より的確かもしれません。
実際に、こうして数年後に再読している。そして、作者の感性と文章力に魅せられる。何度も言いますが、ストーリーはかなり単純です。なのに印象的です。
あまりこういう小説に出会うことはないような気がします。
内容は、かなり切ない内容です。実際に、作者の村山氏は、小説すばる新人賞でこのように述べたようです。
「格調高い文学でなくていい。全ての人を感動させられなくてもいい。ただ、読んでくれた人のうち、ほんの数人でいいから心から共感してくれるような、無茶苦茶せつない小説をかきたい」(あとがき原文まま)
これを読んで、作者がどれだけ言葉を慎重に選んで筆を進めていったかを想像してしまいます。それぐらい印象的な表現が多い。
ところどころ、「よくかんな表現書けるなあ」と思ったところも多かった。でも、その表現が突出することなく、全体的に調和が取れています。どうやったらこんな小説が書けるのか。
1993年の作品なのに、古さをまったく感じさせないのは、シンプルなストーリーであるがゆえ、どの時代でも共通して共感されるためなのかもしれません。
ちなみに、この天使の卵、シリーズ化されています。天使の梯子、天使の柩と。ちょっとこちらも読んでみたいと思います。