ストレスに敏感なのは生きていくことで得なのか?損なのか?

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明日で終了予定の3週間のファスティング。断食はダイエットや体のデトックス効果があるだけではなく、心のデトックス、つまり心が整ってきたり、うつ状態から少し解放されたり、そういう効果があると言われます。

たしかに、これは何となくわかります。自分は食欲の部分で大きくそれが出ていました。「好きなものを好きなだけ食べても幸せになれない」という、一種の食に対する執着がなくなったんです。

本当はどうでも良いことを手放すためには、そのことに対して一度思いっきり冷めた気持ちになることが必要だと思うんですが、今回、見事にそれに成功できたわけです。

で、もう1つ、精神的な効果といって良いものかどうかよくわからないことが出てきました。そう、それが今回のテーマ、ストレスに敏感になってきたのです。

ストレスに敏感というと、過度に打たれ弱くなって、すぐに落ち込んで塞ぎ込んでしまうという悪いイメージがあるのですが、この件をファスティングの指導をお願いしているトレーナーさんに言ってみると、

「ストレスに気づけるようになったの、よかったですねぇ」とのこと。今回、その件について思うところを書いていきたいと思います。

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■ストレスに鈍感とはどういうことか?

そもそもストレスって、どういう状況で起こるのか。大きな括りで言うと、現実と理想のギャップによって起こると思っています。

理想と現実のギャップ、具体的に例を言うと、ぎくしゃくした人間関係、目標の未達、向いていない仕事、夫婦の仲がぎくしゃくする、と言ったものから、ラーメンを食べたかったけど、その日は行きつけのラーメン屋が閉まっていたという些細なものまであると思いますが、言ってしまえば不快感情です。

ストレスが心地良いなんて言う人、いませんよね。いたら異常なほどマゾです。そんな人がいたら、正直気持ち悪くて付き合いたくありません。

でも、ストレスを我慢してしまっているという人、結構いると思います。もちろん自分もそうです。長距離を走っていて、苦しいけど耐えて歯を食いしばっている感じ。でも、長距離走と違うところは、ゴールがないこと、我慢の先には地獄しかないということ。

ストレスに鈍感とは、決してストレス耐性が高いということではないんですよね。強烈なストレスに晒されるのが当たり前の日常になってしまうことだと思います。

ストレスに鈍感とは、ストレスを我慢してしまうということとも捉えられると思います。

■忍耐と我慢は違う

昔読んだ本で、印象的な箇所があったのでシェアしたいと思います。以前書評した、渡辺奈都子さんの著書、「人間関係をしなやかにする たったひとつのルール-はじめての選択理論-」という本です。(P85~86原文そのまま引用)

「我慢」の二文字を合わせると「われ、おこたる」という意味になります。

つまり、「我慢」は自分の願いを怠るという解釈ができます。

 

「忍耐」の二文字を合わせると「たえるをみとめる」という意味になります。

つまり、「忍耐」とは「やがて得る目標のために試練に耐えることを認める」という意味だと解釈できます。

これ、かなり自分が気に入っている文章で、この本を読んで以来、日常会話やブログを書くときでも忍耐と我慢を区別して使うようにしています。

我慢とは、自分の願いが別のところにあるのに、それを怠り、現状の辛い日々に身を投じることだと思います。言ってみれば、生き地獄です。

忍耐は、先の長距離走の例が良い例ではないかと思います。ファスティング中、減量と心のデトックスという目標がある限り、これは我慢ではなくて忍耐です。

■ストレスに敏感になろう

ストレスに敏感とは、我慢できないくらい不快感情が強いということなんだろうと思います。

先に書いたように、忍耐でうつになる人は少ないのではないかと思います。ゴールが見えて、そのために必要なことをしていて、なかなかうつにはならない。

でも、我慢は、逃げ出さないとどんどん憂鬱になってしまう。鈍感になってしまうことで回避行動が取れなくなってしまい、どんどん檻の中に閉じ込められたような気分になる。

そもそも憂鬱になると行動が取れなくなってしまう。問題行動を起こすことがあっても、的確な判断ができなくなってしまう。つまり悪循環です。制御工学で言うところの、負のフィードバックが正常に働かなくなった状態と言うと、わかりやすいかもしれません。

つまり、機械がぶっ壊れてしまうんです。ストレスは不快感情を測定する計器なので、それが正しく動作しなければ、インターロックが働かない。なのでぶっ壊れる。

ストレスに鈍感になる、我慢してしまうとは、それぐらい恐ろしいことなのです。

そういえば、最近「頑張らない」「我慢しない」系の本が増えてきましたね。結構心に残る本もありました。

【関連記事】ストレスを我慢して仕事続けるか?好きなことだけして生きていくか?

■一時的な快楽要素を削る

今回、ファスティングでストレスに敏感になったような気になったのは、食欲という、一時的な快楽要素を断ち切ったのが原因ではないかと思います。

そして、自分はたばこも吸わないし、ギャンブルもしない。つまり、一時的な快楽を得られる要素がほとんどない状態です。

快楽と幸福はちょっと違いますよね。パチンコで憂さ晴らししても、結局すぐにストレスは復活してきます。むしろ、お金がなくなって、逆効果です。

ギャンブルは経済的なデメリットですが、過食は健康的なデメリットです。デメリットになるようなことをすると、長期的にはストレスが増大してしまいます。ストレスはストレスを生んでしまうのです。

ということで、一時的な快楽を捨ててストレスに敏感になったのは、とても良かったと思います。我慢するよりも、ある意味現状を壊してしまった方が良かったりするので。

なので、今年は本質的な問題を解決すべく、何かを捨てて何もかも破壊しようと思います。それはまた、別記事で何回もレポートすることになると思います。

■我慢しない系関連記事

【関連記事】我慢の限界を超えると心が壊れる|その前に何もかも捨ててしまおう

【関連記事】本当は出社拒否したいのに我慢して会社に行くのは正しいのか?

我慢は、やっぱり心が壊れてしまいます。心が壊れる前に、現状の環境や肩書き、人間関係を破壊してしまった方が正しい選択だったりもします。

良かったら併せてご覧ください。

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