将来の夢が小説家という人へ|職業としての小説家by村上春樹

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世の中は書籍で溢れている。だからだろうか、自分の夢は小説家になることなんですが、恥ずかしながら意外と読んでいない本は多いです。

白状すると、実は村上春樹さんの本も読んだことがないんです。あの1Q84も、ノルウェイの森も、全然読んでません。

どこか純文学に苦手意識があり、避けてきたのもあるんですよね……。ですが、今回初めて村上春樹さんの本を読みました。とはいっても小説ではなくてエッセイですが……。

タイトルは「職業としての小説家」ですが、小説家志望の人は気になってしまうタイトルです。僕も村上春樹という名前よりも、本のタイトルで買ってしまいました。

初めての村上春樹が小説ではなくエッセイというのが、少し複雑な気持ちになりましたが、小説家志望なら参考になることもあると思って読んでみました。

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■オリジナリティーの定義

村上春樹さんは、小説に限らず音楽や絵画にも言える、オリジナリティーの定義について、かつてデビュー当時のビートルズに対して書いたニューヨーク・タイムズの記事を引用しています。

They produced a sound that was fresh, energetic and unmistakably their own.=彼らの創りだすサウンドは新鮮で、エネルギーに満ちて、そして間違いなく彼ら自身だった

たしかにこれはわかりやすい表現ですし、個人的にはオリジナリティというよりは共感できる小説の定義ではないかと感じました。

新鮮で、エネルギーがあって、自分らしい小説。今すぐどうすれば良いかわからないし、アイディアが湧いてくるわけではない。でもテンションの上がる表現ではありませんか。

ちなみに、村上春樹氏自身の考えるオリジナリティとは、以下の3つを書いています。(以下原文まま)

(1)ほかの表現者とは明らかに異なる、独自のスタイル(サウンドなり文体なりフォルムなり色彩なり)を有している。ちょっと見れば(聴けば)その人の表現だと(おおむね)瞬時に理解できなくてはならない。

(2)そのスタイルを、自らの力でヴァージョンアップできなくてはならない。時間の経過とともにそのスタイルは成長していく。いつまでも同じ場所に留まっていることはできない。そういう自発的・内在的な自己革新力を有している。

(3)その独自のスタイルは時間の経過とともにスタンダード化し、人々のサイキに吸収され、価値判断基準の一部として取り込まれていかなくてはならない。あるいは後世の表現者の豊かな引用源とならなくてはならない。

これもオリジナリティというよりは、個人的に作家として生き残るためのの条件という感じに見えました。

最初は(1)だけで良いけど、長期的に生き残るには(2)(3)も必要ということなんだと思います。

簡単なことではないと思いますが、何か書くモチベーションが上がりました。

■小説家は芸術家である以前に自由人

「小説家というのは、芸術家である前に、自由人であるべきです」(P141)

自由という言葉が大好きな自分にとっては、とても印象的な表現です。村上春樹の自由人の定義は「好きなことを、好きなときに、好きなようにやること」とのことですが、これは自分も一字一句同意します。

僕はとても自由の欲求が高い人間です。どこかに所属して狭い範囲で人と関わるのではなく、どこにも縛られず、スナフキンのように生きていたい。

僕が小説家になりたい、と子供の頃から思っている理由が何なのか、言い当てられたような気がしました。

ちなみに村上春樹さんの書くペースは、だいたい400字詰め原稿用紙換算で、だいたい1日10枚を目安に決まったペースで書いているそうです。

小説家って、締切直前になって寝ずに猛烈に書きまくるイメージありますが、少なくとも村上春樹の小説は、そんな感じで生まれてはいないそうです。

ちなみに、締切に追われて猛ダッシュするのは、エッセイを出版した際にやったことありますが、僕はおすすめしません……。

■作家は健康管理を徹底する

第七回の「どこまでも個人的でフィジカルな営み」に書いてあることは、「作家は心身ともに気を使って規則正しい生活をする」というふうに読み取れました。

どうも小説家というと、どこかいい加減で自堕落で、家庭も顧みず、お金にも女にも酒にもだらしない……。そんなイメージを抱いている人も多いのではないでしょうか?

しかし、村上春樹氏の生活は、そんな退廃的な生活とは無縁で、早寝早起き、ジョギングを欠かさず、野菜サラダを作るのが大好きで、毎日決まった時刻に仕事するそうです。

どちらかというと、成功者の生活習慣に近いものを感じますね。てか、村上春樹はおそらく世界的にも、少なくとも日本国内では0.2~3%のなかに入る成功者なのは間違いないと思いますが。

結構ここは自分の中には響きました。やはり心身ともに健康でないとまともな小説は書けない。悶々とした怒りや落ち込みの負のエネルギーで書くのではなく、解放感に満ちた自由で爽快なエネルギーでまともなのが書ける。この本を読んでそう思いました。

心身ともに健康、これは小説家にとってもやはり必須な要素みたいです。

■登場人物が勝手に動く

「本当の意味で生きた登場人物は、ある時点から作者の手を離れ、自立的に行動し始めます」(P232)

以前受講した小説講座でも似たような、いやほぼ同じようなことを言っていて、非常に目から鱗だったのを覚えています。

自分の脳内で、何か自動制御装置が正常に動作しているように、登場人物が勝手に動き出し、ストーリーが進行していくのだそうです。

たしかに、書いていてそんな感覚になることがあったのですが、自分の場合はストーリーを先に決めてしまっていたので、自分の決めたストーリーに登場人物を縛っていました。

なんか、勝手に敷かれたレールを作っていた感じですかね。「ここでお前は悲劇に合わないといけないんだ」「ここでお前は病気になって死なないといけないんだ」みたいな。

以前、登場人物が文字の塊みたいと言われたことありますが、おそらくストーリーありきという考えに縛られていたからだと思います。

もっと、登場人物を自由に動かしていく必要性があるようです。自分が自由が大好きで束縛が嫌いなんだから、登場人物も自由に動かしてやらないといけませんね。

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