【書評:羊と鋼の森】調律師として成長する少年の姿を通じて仕事について考える

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2016年の本屋大賞を受賞した「羊と鋼の森」を読了しました。一人の青年が高校の時にピアノの調律に魅せられて、自らも調律師となり、成長していく姿を描いた小説。

ピアノの調律師という職業を題材にしたエッジのある作品ですが、仕事に対するマインドについて考えさせられる小説です。

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■総評

舞台は北海道のどこか、山々の大自然に囲まれた場所。色彩としては、ハードカバーの表紙のとおり、緑と茶褐色をイメージさせる、どこか荘厳で静かな世界観。

著者は、この小説の執筆のためだけに、執筆期間の1年間だけ北海道に移り住んでいたみたいですね。それだけに、大自然の描写がリアルに描かれている箇所がいくつか出てきます。実際に舞台になった場所に行ってみたくなります。

作品に出てくる小説の主な登場人物に、悪役や極度に屈折した人物は出てきません。あまりアップダウンのない、波乱万丈とは言えないストーリー展開は、最初はとっつきづらい印象。これといって切ない恋愛シーンとかも出てきません。ここは好みの分かれるところかもしれません。

しかし、ピアノの調律師という仕事と、成長していく青年の姿、そして周りの先輩調律師たちの言葉を通じて、仕事に関して考えさせられる場面がいくつかあります。

ということで、この本で印象に残ったフレーズについて、シェアしていきたいと思います。

■印象に残った箇所

でも、つらくはなかった。はじめから望んでいないものをいくら取りこぼしてもつらくはない。ほんとうにつらいのは、そこにあるのに、望んでいるのに、自分の手には入らないことだ。(P84抜粋)

具体的に何ができていないのか、何が足りないのか、わからないことが怖い。(P123抜粋)

「才能っていうのはさ、ものすごく好きだっていう気持ちなんじゃないか。どんなことがあっても、そこから離れられない執念とか、闘志とか、そういうものと似てる何か。俺はそう思うことにしてるよ」(P125抜粋)

テンポは遅いし、音の粒も揃ってはいないけれども、青年自身が少年のように、あるいは子犬のように、うれしそうに弾いているのがよく伝わってくる。(P145抜粋)

何かを我慢してピアノを弾くのではなく、努力をしているとも思わずに努力をしていることに意味があると思った。努力していると思ってする努力は、元を取ろうとするから小さく収まってしまう、自分の頭で考えられる範囲内で回収しようとするから、努力は努力のままなのだ。それを努力と思わずにできるから、想像を超えて可能性が広がっていくんだと思う。(P195抜粋)

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